
50年の軌跡が描く都市の未来〜羽田・品川・三浦半島を繋ぐ京急の地域共創〜
50年の軌跡が描く都市の未来〜羽田・品川・三浦半島を繋ぐ京急の地域共創〜
| 第18回のゲストは、京浜急行電鉄株式会社・取締役会長の原田一之さん(前編)。1976年の入社から50年、人事・不動産開発・鉄道と多様な部門を歩み、1998年の羽田空港延伸を現場で担った原田会長。バブル崩壊後の苦境を乗り越えた転換点、30年越しの品川再開発、そして地元の方と一緒に育てた三浦海岸の河津桜。「地域と共につくる」という京急の哲学を語っていただきます。 |
- 番組名
- 『まちと移動のミライコラボ』全文書き起こし
- 放送日
- 2026年5月10日
- ゲスト
- 原田 一之 氏(京浜急行電鉄株式会社取締役会長)
目次
【オープニング】
石井:「まちと移動のミライコラボ」。Will Smartと街づくりのプロが描く日本のこれから。この番組では、移動と街づくりをキーワードに、日本の移動インフラや都市のあり方がこれからどう変わっていくかを、最前線で取り組まれている方々と一緒に考えていきます。本日のゲストは、鉄道事業はもちろん、バス、ホテル、不動産開発まで、三浦半島から羽田、品川、横浜の首都圏を幅広く手がけてこられた、日本を代表する民鉄グループの経営トップです。京浜急行電鉄株式会社・取締役会長の原田一之さんです。原田さん、よろしくお願いいたします。
原田:はい、よろしくお願いします。
【50年のキャリアが育んだ「街と移動」の哲学】
石井:まず伺いたいのは、京急グループさんは三浦半島から羽田、品川、横浜まで、それぞれ全く異なる顔を持つ街が一つの路線で繋がっているという特徴ある会社です。原田さんは長年にわたり——今日お話を伺うと50年というキャリアをお持ちとのことですが——この街と移動に関わってこられた基本的な考え方についてお聞かせください。
原田:ありがとうございます。今日来る電車の中でふと気がついたのですが、1976年に入社してちょうど50年になります。当時はオイルショックの直後で、実は鉄道や街づくりに特に興味があったわけではありませんでした。横須賀出身なので京急は地元であることは間違いなかったのですが、とにかく就職先がなくて、滑り込んだのが京急でした。最初の頃はそれほど愛着もなかったのですが、50年間勤めたということは、結果的にいい会社に入ったということだと思っています。
石井:50年、半世紀ですね。この50年を区分けすると、どんなキャリアだったでしょうか。
原田:最初の10年ほどは人事部の仕事でした。その後、自ら志願して不動産開発部門に異動し、横須賀リサーチパークの開発を担当しました。まだ山の状態から用地買収、開発コンセプトの立案まで、3年間取り組みました。そして課長になる頃に、今度は鉄道の営業課長に異動することになりました。ちょうど羽田空港の延伸、1998年の第1・第2ターミナルへの延伸の直前で、開業の2か月前に着任して開業準備を担いました。その後は比較的鉄道畑の仕事が長くなっています。
【羽田空港延伸と京急の転換点〜苦境から再生への軌跡〜】
石井:羽田空港への延伸というのは、京急グループにとってどれくらいのインパクトがあったのでしょうか。
原田:「あれが実現していなかったら、今の京急はない」というくらいのインパクトだったと思っています。バブル崩壊後の京急沿線は京浜工業地帯ですので、多くの工場が地方や海外に転出し、空き地が増えていきました。当時、関東の鉄道会社の中で定期旅客の減少率が最も大きかったのが京急でした。非常に苦しい状況の中で、先輩たちがなんとしても羽田延伸を成し遂げようと取り組んでくれた。その後、羽田が完成して旅客が戻ってきて、今の状態になりました。本当に大きな転換点でした。
石井:先人の方々の知恵と努力の結果で、厳しい時期を乗り越えることができたということですね。
原田:そうですね。あの時の選択がなければ、と思うと非常に大きなことでした。
【品川再開発と30年の都市計画〜リニア・メトロが拓く未来の交通拠点〜】
石井:その後は鉄道事業を続けながら、品川の街づくりにも携わってこられたのですね。
原田:直接の開発部門ではないのですが、鉄道の部長だった頃、2000年代前半に品川の高輪三丁目の再開発や、八山橋の立体化工事の議論が始まった時期でした。今はもう着工して工事が進んでいます。
石井:品川規模の再開発は、準備から完成までどれくらいの時間がかかるのでしょうか。
原田:完成まで考えると、30年を超えるでしょう。私が関わっていたのが2000年代前半ですので、すでに30年近く経っています。それでもまだ工事を始めたばかりという段階です。
石井:30年となると、前提となる社会環境も大きく変わりますね。当初の計画はどのように変わっていくのでしょうか。
原田:最近で最も大きいのはやはり工事費の上昇です。当初の計画と比べると破格に変わっていまして、工事費に見合う街ができるのかという問題も出てきます。ただ、品川のメリットは羽田空港への近さです。国際線ターミナルまで10分で行けますし、リニア中央新幹線が開通すれば東海道・関西方面への長距離輸送の拠点にもなります。さらに東京メトロの延伸計画も進んでいますので、新宿・渋谷・東京駅に匹敵する、あるいはそれ以上のポテンシャルを持つ街になると考えています。実際、品川駅前への関心は今かなり高まっています。
【地域と育てる沿線〜三浦海岸の河津桜が示す共創の哲学〜】
石井:原田さんが特に印象深かったプロジェクトはありますか。
原田:三浦海岸の河津桜です。三浦海岸の駅からずっと沿線に桜が植えられていますが、あれは地元の方が伊豆の河津まで交渉して、自分たちで植えたいと始めたプロジェクトです。最初は駅のホームと改札前広場に植えて、その後沿線へと広がっていきました。地元の方が本当に一生懸命育て、なの花を植え、毎年剪定をして、今では千本近い桜が咲いています。ちょうど線路の脇ですので、2月から3月にかけてはものすごい人気です。京急が主導したのではなく、地元の方と一緒になって実現できたということが、私には非常に印象深いです。
石井:その「地域と一体になって」という考え方は、今の取り組みにも繋がっていますね。
原田:はい。今は沿線でエリアマネジメントという形で、沿線の方々や企業・団体と組みながら、地域を活性化する取り組みを深く進めています。地域と一体になって沿線を育てていくという考え方が根底にあります。
石井:本日は、原田さんが50年のキャリアで培ってこられた街と移動の哲学、また京急グループの沿線での取り組みについて、さまざまな角度でお話をいただきました。三浦半島での河津桜の取り組みは、地域の方と一緒に30年かけて育ててきた、大変心温まるエピソードでした。次回の後編では、こうした点と点が繋がって街がどのように作られていくのか、京急グループが描く将来の街づくりのビジョンについて伺っていきます。今日は原田さん、ありがとうございました。
原田:こちらこそありがとうございました。
石井:この番組はWill Smartの提供でお送りしました。












