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熊本県バス共同経営推進室の挑戦
~データで導く路線最適化から利用者倍増への道~

2021年3月に会社間の垣根を越えた日本初のバス共同経営事例として発足した「熊本県バス共同経営推進室」。
熊本県のバス交通網を将来まで維持し、さらに利便性や生産性を最大限向上させるため、これまで全国に先駆けて先進的な施策に数多く取り組んできました。

本記事では、発足から3年が経過した共同経営推進室のこれまでの取り組みや現在直面している課題、そして地方公共交通の将来に向けた展望について共同経営推進室に参画する熊本都市バス株式会社 池田様と九州産交バス株式会社 今釜様にお話を伺いました。

写真左から九州産交バス株式会社 今釜様、熊本都市バス株式会社 池田様

利便性を損なわない形での路線再編に成功

── 共同経営推進室発足当初の取り組みについて教えてください。

今釜様:まず私たちは2021年の4月から2社以上重複して運行を行っていた4路線のダイヤを見直し、需要と供給のバランスが取れた運行本数になるよう最適化を行いました。また、翌年11月には5社重複して運行していた熊本市内中心部の「県庁方面系統」の見直しを実施しました。
路線の最適化に伴って減便を行った路線や時間帯も多数あるのですが、運行スケジュールを調整しバスの運行間隔を一定に保つ「待ち時間の平準化」を実施したことで利用者の利便性をできるだけ損なわない形での路線再編を実現しました。

熊本の共同経営事業~持続可能な公共交通を目指して~より引用
URL:https://wwwtb.mlit.go.jp/kyushu/content/000247222.pdf

── 路線再編に対して利用者からはどのような反応がありましたか?

今釜様:利用者に対して路線再編後の利便性についてアンケートを取ったのですが、一番多かったのは減便したにもかかわらず「そんなに変わらなかった」というご意見でした。「むしろ便利になった」と言ってくださるお客様もいて、路線再編において利用者の影響をできるだけ抑えられた点はご評価いただいていると実感しています。

── 路線再編の成果はいかがでしたか?

今釜様:2021年に再編を行った4路線については共同経営を行わなかった場合と比較して3年累計で約2.8億円の収支改善効果があったと見込んでいます。県庁通りの見直しについても2年累計で2700万円の効果がありました。
また、路線再編による効果は収支改善だけでなく、乗務員不足の解消にも寄与しています。平日の運行では1日あたりに必要な乗務員の数を約10.6人削減、必要な車両の台数も約8.7台削減でき、乗務員不足で厳しい状況を少し改善できて良かったです。

熊本市桜町を走る路線バス

発足3年目で実感した「効率化の限界」

── 現在はバス運行の効率化に引き続き取り組みつつも、「利用者2倍増」構想の実現に力を入れていらっしゃるそうですね。運行の効率化から利用者増へ方針を切り替えたきっかけについて教えてください。

今釜様:共同経営推進室発足当初から路線再編を行い、収支改善にも成功しているのですが、熊本県の路線バス事業は30億円の赤字を抱えており、2億円程度の収支改善だと経営に対するインパクトがほとんど無いというのが正直なところです。
また、路線再編の収支改善効果よりもコロナ禍で利用者が減少したことによる減収の影響の方が大きく、運行の効率化の限界を感じました。
近年、熊本県内の路線バスは乗務員不足の影響で減便を続けており、共同経営推進室が目指す「利用者のニーズに沿った利便性の高い持続可能なバス路線網」からはかけ離れています。
なので、効率化ばかりではなく、今一度ビジネスの原点に立ち戻り「公共交通の価値を上げて利用者を増やす」ことにチャレンジしていこうと考え、新たに「利用者2倍増」プランを打ち出しました。

── なぜ目標を「2倍」としたのでしょうか?

今釜様:数値目標を決める時に1割増くらいにしようかという考えもあったのですが、人口減少のスピードを加味すると現状維持になってしまいます。
また、熊本市は交通渋滞が深刻で政令指定都市でワースト1位なのですが、専門家の試算によると1割の人が車から公共交通に乗り替えた場合渋滞が半減し、バスの利用者は2倍になることが分かりました。
なので、公共交通の存在感を高めることで持続可能なバス交通の実現と共に熊本の社会課題解決を目指したいという思いを込めて「利用者2倍」という目標を掲げることにしました。

まずはできるところから地道に取り組む

── 実際に「利用者2倍増」に向けてどんな施策に取り組んでいますか?

今釜様:「2倍増」を実現するには、サービスレベルや速達性の向上、車ユーザーを意識した値下げなどが必要ですが、すぐにできるものではないので、できることから地道に泥臭くやっています。共同経営推進室の施策としては2022年4月からIC共通定期券を導入しています。2023年10月には熊本市中心部を距離制運賃から180円均一運賃として、お客様の利便性を高めることで約86万人の利用者増を達成しています。
その他には、熊本県内のバス会社からメンバーを募って移動の目的別に「通勤」「通学」「私用」「高齢者」の4チームを組成し、それぞれのターゲットに合った施策を検討し実施しており、既に約57万人の利用者増を達成しています。
私は「私用」のチームに所属しているのですが、出発地、到着地のバス停を入力すればバス5社の時刻表を一枚で表示できる「MYバス時刻表」のサービスを提供して、お出かけの際に気軽にバスを使っていただけるよう取り組んでいます。

MYバス時刻表。バス会社関係なく時刻表に表示できる

── 様々な施策を行っていますが、中でもIC共通定期券の効果が大きかったとか?

池田様:はい、もともとバスの定期券は特定のバス会社のものを購入したらその会社のバスでしか利用できなかったのですが、共通化させたことでバス会社に関係なくバス停に来たバスに乗れるようになりました。

その結果、コロナ禍からの回復分を除くと2022年度で33万5,000人、2023年度で19万3,000人の純増となりました。輸送人員はコロナ禍前の9割程度に留まっているのですが、定期券の利用者数はコロナ禍前を上回る勢いで、共通定期券の導入効果を実感しております。

── 共通定期券によって複数の事業者のバスに乗れるのは利用者にとってメリットが大きそうですね。

今釜様:そうですね。共通定期になったことで今までの定期と金額は変わらず、利用できる便数は約1.5倍になった区間もあるので、利便性が向上しましたし、利用頻度も上がったのではないかと思っています。また、SF利用※だとバスを利用してもしなくても損した気分にはならないと思いますが定期券だと「せっかく購入したのだから利用しなくては」と思いますよね。そういった点においても共通定期券は利用者の増加につながっているのではないかと思います。
※SF利用:ICカードにチャージして運賃を支払うこと

データでエビデンスを示すことが迅速な意思決定の近道

── 共同経営推進室は全国的に見ても先進的な施策に取り組んでいらっしゃいますが、新たな施策を行ううえでどのように関係者との合意を得ているのでしょうか?

今釜様:共同経営推進室で行っているすべての施策はバス5社※に加え熊本県、熊本市の合意を得て実施しています。さらに路線の再編などを行う場合は地域の協議会などの合意も得る必要があり、ステークホルダーが多岐に渡ります。

すべてのステークホルダーの合意を得るためには様々な疑問に対し説得力のある説明が必要です。例えば、路線再編を検討する際には「どれくらいダイヤを減らすのか」「ダイヤを減らして利用者は不便にならないのか」「各バス会社の収支はどうなるのか」など多くの懸念点が出てきます。それに対して私たちは分析システムを駆使して懸念事項をクリアできる根拠を準備したうえで意思決定の場に臨んでいます。データを用いて意思決定の材料を準備するのは本来時間がかかることなのですが、株式会社Will Smartのデータ分析システムを使うことで作業時間も最小限に抑えられています。
※右図:データ分析システムの画面イメージ

データなしで議論すると空中戦になりがちですが、データを踏まえた議論は異なる立場のステークホルダー同士でも同じ目線、立ち位置で事実ベースの話ができます。その点がデータを活用することの極めて重要な価値だと思います。
※バス5社:共同経営推進室を構成する九州産交バス株式会社、産交バス株式会社、熊本電気鉄道株式会社、熊本バス株式会社、熊本都市バス株式会社

── データ分析システムは施策検討の場以外でも活用されているのでしょうか?

池田様:先ほどお話しした共通定期券の精算でも活用しています。共通定期券のサービスを始めるにあたって一番大きな課題が売り上げをどのように各社で配分するのか、ということでしたが、データ分析システムでICカード等の利用データを集計することで、利用実績に応じた精算を実現できました。

今釜様:共通定期券の効果測定を行った際には共通定期券導入後の定期券利用者数や路線ごとの利用者数の増加率、共通定期券導入後の利用会社数などの数値データを1時間でまとめることができました。こうした定量的な結果をパッと出せるのがデータ分析システムの真髄ではないでしょうか。

行政と連携しながら2019年度並みの利用者を目指す

── 今後の共同経営推進室の目標や展望について教えてください

今釜様:共同経営推進室は「利用者2倍増」に向けた活動が中心となっていますが、今後はその活動をさらに本格化させていく予定で、渋滞解消に向けた大胆な割引を行う実証実験など様々な施策を検討中です。また、維持が難しくなっている全国交通系ICカード決済を廃止してクレジットカードのタッチ決済やQRコードを読み込める端末を準備しようとしています。決済手段やサービスが多様化していく予定ですが、引き続き分析システムは活用しつつ、取り組んでいくつもりです。

── 最後に、共同経営推進室が目指す地方公共交通の未来を教えてください。

今釜様:私たちは公共交通の強化によって地方創生を実現できると考えております。
そのためには大都市圏のような公共交通が充実していて、自家用車が無くても移動しやすい、老若男女問わず住みやすい都市を形成する必要があります。ただ、今は路線の廃止や減便などによるサービスの縮小や運行の効率化を行うことが先行して、持続可能な公共交通にはなっていないというのが現状です。
しかしながら、既に民間企業だけで公共交通を維持するのは難しい状態です。私たちの公共交通の利用者増加に向けた取り組みを全国に波及させることで、行政と共に新たな移動の仕組みを作ることが地方都市の公共交通の未来に必要なものだと思っています。
これが実現できれば、人口減少時代においても地方都市はまだまだ発展させられると考えています。

── 池田様、今釜様 本日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。お話を伺うなかで、共同経営推進室の地方創生へのビジョンと情熱が伝わってきました。今後の共同経営推進室のこれからの展開にも注目してまいります。

お話し:共同経営推進室 池田様 今釜様

【共同経営推進室概要】

  • 共同経営推進室設置会社名
    九州産交バス株式会社、産交バス株式会社、熊本電気鉄道株式会社、熊本バス株式会社、熊本都市バス株式会社
  • 取り組み内容
    重複区間の最適化やバス利用促進につながる新サービスの導入検討および実施など

ミライコラボを運営する株式会社Will Smartでは、交通データの統合・分析・活用をサポートする「交通データ統合分析サービス」を提供しています。ICデータや乗降データなど異なる複数データを直感的にわかりやすく可視化。高度なデータ分析を簡単に実現し、ダイヤ改正 などに様々なデータを活用できます。
データを活用した施策の立案にぜひお役立てください。

交通データ統合分析サービス|Will Smart

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