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専門家インタビュー 世界と日本、自動車産業のエコシステムは何が違うのか?【後編】

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あらゆる分野で急速に進んでいるデジタル化。そんななかで、日本の自動車産業は、どのような取り組みを行っているのでしょうか。
ミライコラボでは、現在、カリフォルニア⼤学バークレー校で日本研究所客員研究員を務め、同校ハース経営大学院でエグゼクティブフェローも務めている桑島浩彰氏にインタビューしました。
今回更新の後編ではシェアリングサービスを中心に自動車産業の市場のあり方や今後の展望などについて、語っていただきました。

後編:シェアリングサービスの現状と、モビリティ事業の未来とは?

日本の地方には、ライドシェアサービスの需要がある

自動車のシェアサービス事業について、少しお話しましょう。シェアリングといっても、日本だとそもそもライドシェアが一般的ではないので、基本的にはタクシーの話になりますね。アプリでタクシーを呼ぶというモデルです。一方で、登録を行った会員間で特定の自動車を共同使用するカーシェアというサービスもあります。自動車のシェアサービス事業には、大きくこの2つのサービスモデルがあるということです。

アメリカは国土がものすごく広いので、カーシェアが成り立ちにくいという特徴があります。そのため、カーシェアに関しては日本ほどの普及はありません。自家用車を持つ比率が日本と比べて段違いに高いというのも一因です。カーシェアサービスで収益を上げるには、当然、稼働率が高くないといけません。ある程度の稼働率を達成しなければいけないという条件があるなかで、人口の密集度、シェアする車が置いてある場所へのアクセスなどの面で、アメリカは一部都市部を除いては採算が合わないため、日本ほど普及していないのが現状です。

また、アメリカには、タクシーがほとんどいません。待機もしていないし、呼んでも来ない。さらに言うと、呼んで来たとしても、車内が汚い……という。ですので、タクシーを使うときの不愉快さがアメリカ人にとっては大きくて。その点、日本は、特に東京などの大都市圏においては、タクシーはたくさん走っていますし、車内はきれいだし、最近では料金をアプリで前払いできるようなサービスもありますよね。だから、あまりタクシーに関する不満はないと考えられています。でも、これは、東京などの大都市圏の視点で語られているからで、地方ではまた状況は異なるかとは思います。

世界的な観光地ともなっている軽井沢の例を挙げてみましょう。軽井沢は日本人以外の旅行客も多く、移動の需要がとてもある。しかし、いざ移動しようしてタクシー会社に電話をしても、「今から無線で呼びます。40分後に向かいます」ということがざらにあって。これは、外国人からしたらもはや考えられないことなんですよ。また、軽井沢に限らず、バスが1日1本しか来ない、交通インフラが整っていない地域は本当にたくさんあって。この事実を考えると、日本はタクシーがいっぱいいるから、Uberなどのライドシェアサービスはいらないよね、という話はちょっと違うのではないかと思います。

人々の移動の機会が失われるということは、経済損失にもつながります。観光地は特にそう言えるのではないでしょうか。移動需要が満たされないとか、交通弱者に対する救済がないとか、そういう大きな課題があるにもかかわらず、規制や、業界慣習のせいでないがしろにされているなというのを、米国から帰るとものすごく感じますね。例えば、地方には元気な高齢者がたくさんいます。その人たちが、1日数時間なら運転してもいいよと、ライドシェアサービスに参画するようなことができるようになれば、解決できることはたくさんあると思います。

ライドシェアの良い点は、ドライバーがフルタイムで稼働する必要がないこと。アメリカでも、フルタイムで働いた人が就業後にとか、大学院生が授業と授業の間に1~2時間だけとか、主婦が子どもを学校に送っていって帰ってくるまでの間にとか、空いた時間にドライバーとして稼働しているんです。そのようなフレキシブルな働き方が可能なんです。日本の交通の文脈を考えたときに、需要があって供給もできるはずなのに、どうしてライドシェアがいけないんだろうと、単純に思いますね。

「移動」の需要が減少する今、どこへ舵を切るかが試される

ただ、先にも述べたように、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、ライドシェアサービスは今、かなり厳しい状況に陥っています。一方でUber Eatsなどのフードデリバリーは非常に伸びています。多くの企業がフードデリバリーの会社を買収するなどして、多くのリソースをフードデリバリー事業に移しているのですが、ライドシェアサービスそのものはコロナ禍で今、答えが見えていないですね。リモートワークが普通になり、オフィスには行かない、食事もデリバリーで済ませるなど、人々のライフスタイルが大きく変わって、「移動」というものの理由が極端に減っています。これはもはや、ライドシェアサービスだけの話ではなく、交通業界全体の課題です。飛行機需要も激減していますし、世界のいくつかの航空会社は経営が立ち行かなくなるはずです。

このような人々の「移動」への価値観が大幅に変わっていくなかで、日本の交通業界はどのようなスタンスをとっていくべきなのか、真価が問われていると思います。前編でお話したDX(デジタルトランスフォーメーション)と絡めたテーマで考えると、本質はおそらく、デジタルだけでお金を稼ぐ仕組みを確立すること、その仕組みを作るお手伝いをすること、そういう方向へ舵を切る必要があるのだろうと思います。それはもはや、ビジネスモデル自体を変えないといけないということですから、大きな変革と言えます。そのような大きな変革を行うのに、どのくらい猶予があるのかを見極めて行動することも非常に重要です。

ドイツでは、自動車メーカー、自動車部品メーカーなどは、新型コロナウイルスの流行が起こる前から、いち早く会社の存続の危機を感じて、業界を挙げてものすごい勢いでAIの導入などをはじめとする既存製品領域のデジタル化、ライドシェアや車両データのマネタイズを初めとする新しいビジネスモデルの試行錯誤などを進めていました。無論、すべてがうまくいっていたわけではないですし、そこに新型コロナウイルスの波が来てしまったわけです。一方で、これまで変革に向けて取り組んでこなかった企業にとっては、コロナ禍であらゆるものがストップしている状況が、一時的な猶予期間だと言えるかもしれません。今この機会を有効に使わずして、未来につながる変革は起こせないのではないでしょうか。シリコンバレーでは、コロナ禍で、自動運転のベンチャー企業が数多く身売りをしています。平時なら獲得できないような優秀なエンジニアなどを引き抜くこともできる状況です。そういうところに日本の大手の自動車メーカーも目を付ければいいと思うのですが、あまりそのような動きはないようですね(取材時点)。

デジタルを用いて、アナログな仕事のプロセスを効率化するだけではなく、ビジネスモデルを変革して、お金を稼ぐ仕組みをつくることが、これからの時代に必要な本当の意味でのDX(デジタルトランスフォーメーション)です。現在、新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中で多くの企業が倒産し、経済的な危機とも言える状況ですが、一方で、時代に合わせたビジネスモデルを生み出すチャンスであるとも言えるのではないでしょうか。このようななかで、例えば、Uberが自動運転の事業を縮小して、大規模なリストラを実行している事実があるのですが、自動運転事業に知見のある日本の企業が、Uberの事業を引き取るという流れが起きてもおかしくはないなと。コロナ禍の時代の流れ、そして、その先を見据えたDXの展開をいち早く見極めて、行動を起こした会社だけが生き残り、発展していく。世界も日本も、自動車産業は、そのような見通しだと言えるでしょう。

(取材日:2020.7)

※本インタビューはオンラインにて実施しました。


お話:桑島浩彰 氏

東京⼤学経済学部卒、ハーバード大学経営大学院およびケネディ行政大学院共同学位プログラム修了(MBA/MPA)。三菱商事株式会社、株式会社ドリームインキュベータ、ベンチャー経営2社を経て現在カリフォルニア⼤学バークレー校日本研究所客員研究員 兼 同校ハース経営大学院エグゼクティブフェロー。2014年アイゼンハワーフェロー日本代表。