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【前編】
古都の歴史を守りながらより魅力と活力のあるまちへ!
京都市の都市計画見直し施策におけるデータ活用

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現在京都市では将来的な人口減少に対応するべく、歴史的な景観を保全しながら、オフィス空間や居住環境を創出しようと、都市計画見直しの検討を進めています。

その都市計画の見直しで活用されている手法が「EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)」です。“根拠に基づく政策立案”という意味で、見聞きした事例や経験に頼るのではなく、統計や業務データを政策立案に活用するというものです。

本記事では、京都市の都市計画見直しに携わっている京都市都市計画課の中井さんと阪本さんにお話を伺い、政策立案におけるデータ活用の実態についてインタビューしました。

前編では都市計画の見直しを進めている背景や、データ分析や課題へのアプローチの方法などをお話しいただきました。

都市計画見直しの背景

都市計画見直しの検討を行った背景について教えてください。

現在京都市には約145万人が暮らしていますが、市内の人口は減少局面に入っています。 都市の持続性を確保するためには、市内の人口を維持していく必要があるので、京都市に住みたい、住み続けたいと思っていただけるようなまちづくりの方策を検討してきました。

京都市は1200年以上の長い歴史を積み重ねてきた都市で、各地域に昔からのコミュニティが根付いています。人口減少によってそのコミュニティが弱くなり、伝統行事やお祭りなどの暮らしに根差した文化が途絶えてしまうことがないようにしていきたいと思っています。

特に若い世代が市外に流出していることが喫緊の課題となっています。原因として、働く場が少ないため、20代の若者の多くが大学卒業後に東京や大阪に行ってしまうことや、ファミリー向けマンションの供給が少ないことなどから、 30代、40代の子育て世代の方々が住宅を確保しにくく、大阪や京都府南部などに住宅を構えるケースが多くなっていることなどが考えられます。

人口減少は、京都市の中心部よりも周辺部で特に顕著に進むと考えられているので、京都市内の駅を中心にまちづくりをすすめ、市民の生活圏がより良いものになるように都市計画の見直しを進めています。

人口減少などの課題は過去から議論されてきたものだと思いますが、今回都市計画の見直しに踏み切ったのには何かきっかけがあったのでしょうか?

平成31年3月に策定した「京都市持続可能な都市構築プラン」(以下、都市構築プラン)をもとに「都市計画マスタープラン」(以下、マスタープラン)を見直したのが大きなきっかけです。

都市構築プランでは将来的な人口減少を食い止めるために、データから地域ごとの特性を捉えて、各地域がどのような課題を抱えているのかを分析したうえで検討しようということになり、各地域の人口構成や土地利用の状況、若い世代の近隣市町への転出状況などを詳しく分析しました。

それ以前から人口推計などのデータは存在していましたが、それらを都市計画と結びつけて細かく分析できていたわけではありませんでした。近年はデータの活用事例なども増えてきて、もう少しデータを精緻に見ていかなければ根本的な課題解決につながらないという危機感を持っていたこともきっかけの一つです。

京都市.「京都市持続可能な都市構築プラン」P55 .
https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/cmsfiles/contents/0000249/249400/01_jizokuplan.pdf,(参照 2023-01-25)


京都市.都市計画審議会.「第3回都市計画マスタープラン部会(参考資料1)資料編」P8.
https://www.city.kyoto.lg.jp/templates/shingikai_kekka/cmsfiles/contents/0000278/278204/sankou3-1-0.pdf,(参照 2023-02-24)

都市計画マスタープランの改定は定期的に行っているのでしょうか

大体10年に一度見直しをしていて、社会情勢の変化に応じて内容を検討しています。直近で見直しを行ったのは2021年9月だったので、コロナ禍の真っ最中でした。これから社会がどのように変化していくのかわからない時期で、マスタープランについての議論も難しかったです。

“ウィズコロナ社会”や“ポストコロナ社会”などに対する知見も全国的に定まっていない状況でしたが、検討委員会に参加している先生方にも助けていただきながら、京都市がもともと持っている「自然が多くあって空間的にもゆったりと生活ができる」という まちの良さを改めて見直すことができたのはよかったです。

施策におけるデータ活用

今回の都市計画見直し施策ではデータの分析、活用に取り組んでいるとのことですが、施策で利用しているデータは以前から蓄積していたのでしょうか?

人口統計や土地利用情報などの市役所ならではのデータはもともと蓄積されていました。しかし、それぞれのデータを掛け合わせて施策を検討するということは十分にできていませんでした。

マスタープランのベースになっている都市構築プラン以降は、地理情報システム(GIS)も活用して、地図情報と既に持っている人口データを重ね合わせて地域ごとの人口の増減などの分析に取り組むようになりました。

もともと私たちが持っているデータは常にアップデートしながら、それをベースに、さらに地域の現状に即したより細かい分析をしていきたいと思っています。

京都市.「第4回 京都市 駅周辺等にふさわしい都市機能検討委員会」補足資料9-4.
https://www.city.kyoto.lg.jp/templates/shingikai_kekka/cmsfiles/contents/0000302/302692/9hosokushiryo-4.pdf,(参照 2023-01-25)


京都市.「第4回 京都市 駅周辺等にふさわしい都市機能検討委員会」補足資料12-2.
https://www.city.kyoto.lg.jp/templates/shingikai_kekka/cmsfiles/contents/0000302/302692/9hosokushiryo-4.pdf,(参照 2023-01-25)

データの分析やマスタープランの見直しについては外部のパートナー企業などに委託をしていたのでしょうか?

当初は、外部のコンサルタントに協力していただきながら京都市の職員4名(担当部長、課長、係長、係員)で課題の整理や必要なデータの整備などを行っていました。ただ、コンサルタント側と政策に対する意向がずれる部分もあり、本市が主導的にプランをまとめていきました。

その後、都市計画の見直しを具体的に検討していく際には、検討委員会に提示するデータの収集・整理・分析にすべて市の職員だけで取り組みました。 苦労しましたが、何とかやり遂げることができ、貴重な経験になったと感じています。

課題へのアプローチ方法

どんな観点を重視してデータの分析や、課題へアプローチする方法を検討していたのでしょうか?

人口、特に若い世代 の人口が減少しているという課題に対して、どのようにアプローチしていくかという仮説を立てることが重要だと考えました。

そのために、まずは課題とその原因の因果関係を図式化して議論を行いました。例えば、なぜ人口減少という課題が発生しているのかを考えたときに、原因としては大きく「社会減」と「自然減」が考えられます。自然減については都市計画のアプローチで解決することは難しいので、社会減についてのアプローチを深堀りすることにしました。

社会減が起こっている原因として、「働く場が少ない」、「ファミリータイプのマンションの供給が少ない」などの仮説を立て、その仮説をさらに掘り下げていくと、京都市が世界的に見ても貴重な歴史や文化を抱えているがゆえに設けられている高さ規制や用途地域などの厳格なルールが、場合によっては壁になり得ることも見えてきました。

ただ、京都市には歴史的・世界的な役割もあるため、規制やルールの運用を簡単に変えることはできません。そこで、それぞれの地域に合った都市計画のあり方を 一つ一つ検証していきました。

課題へのアプローチの図式。京都市都市計画課内部資料を基に作成。

仮説を立てたことがこれまで設けられていた都市計画のルールを見直すきっかけになったのでしょうか?

そうですね。今までもオフィスやまとまった産業用地が少ないという感覚はありましたが、仮説を立てたことで、その感覚を裏付けることができました。

しかし、そこでただルールを緩和するのではなく、同じような規制がある周辺市町ではどのようにマンションを建設しているのかや、マンションを建設した地域に若い世代が増えているのかなどの検証も行いました。

立てた仮説をデータで補いながら、必要なアウトプットに落とし込んでいくという流れなのですね。最終的には京都駅以南を中心に高さ制限や容積率の見直しを進めていくとしていますが、これも仮説を踏まえて検討していったのでしょうか?

当初は駅周辺を中心に「コンパクトシティ」を形成する施策も検討しましたが、それぞれの地域に歴史や文化に根差したコミュニティが維持されている京都市では、単純なまちの集約は馴染まないと考えました。

そこで、歴史的な景観が多い中心部はこれまで通り保全しながら、まだオフィスやマンションが立地できるポテンシャルがある周辺地域にアプローチすることで京都らしさも守りつつ、京都市全体の発展も叶うのではないかと考えました。

「世界の京都」として魅力的な歴史都市であり続けることと市民の暮らしやすさを維持していくことの両立に悩まされていますが、この悩みは京都市の発展とは切り離せないと思います。

データ活用の難しさ

施策へのデータ活用の難しさはどんなところで感じましたか?

今回データを活用して特に感じたのは、データの質もデータを活用する技術も日に日に進歩しており、それと同時に、データの進歩に対応しながら、データを適切に活用できる人材も不可欠だということです。

市役所内ではデータ活用についての意識はまだ千差万別です。たまたまデータ活用に長けている人がいたからできた、という状態ではなくて、どういうことをデータから導きたいかきちんと仮説を立てたうえで、今持っているデータをどう利用するか、どのデータを組み合わせれば課題解決策が見えてくるかなどを当事者が考える力をつけて、この取り組みを継続していかなければならないということが特に難しいと感じました。

(取材日:2022年12月23日)

インタビュイー
京都市都市計画課
土地利用計画担当課長 中井 健一様(写真右)
調整担当課長 阪本 健様(写真左)