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専門家インタビュー 世界と日本、自動車産業のエコシステムは何が違うのか?【前編】

あらゆる分野で急速に進んでいるデジタル化。そんななかで、日本の自動車産業は、どのような取り組みを行っているのでしょうか。
ミライコラボでは、自動車産業の専門家へのインタビューを企画、現在カリフォルニア⼤学バークレー校で日本研究所客員研究員を務め、同校ハース経営大学院でエグゼクティブフェローも務めている桑島浩彰氏にお話を伺いました。
今回更新の前編では海外での取り組みを踏まえた日本の自動車産業の課題について、語っていただきました。

前編:デジタル化が加速するなか、日本の自動車産業が抱える課題とは?

自動車製造だけでなく、デジタルを活用したサービスモデルの設計を

「デジタル」というツールをビジネスに展開したとき、実現できることは2段階に分かれています。まず一つは、既存のビジネスモデルを変化させず、デジタルを活用したツールを用いて、アナログな仕事のプロセスを効率化すること。もう一つは、プロセスの効率化に加えて、ビジネスモデルそのものを変えていくという段階です。後者のデジタルの活用によるビジネスモデルの変革は、今、米国で盛んに行われています。企業において、ITを活用したビジネスモデルの変革や、それに伴う業務、組織、企業文化などを変革することを「DX(デジタルトランスフォーメーション)」といいます。まず、米国の自動車産業のDXの取り組みについて簡単に説明しましょう。

自動車産業といっても、さまざまな業種がありますが、まずは自動車メーカーについてお話します。自動車メーカーはどちらかというと、既存の車に対してどのようにしてデジタルの要素を加えていくかということが、スタート地点なのかなと思います。例えば、クラウドと接続し、音声認識機能を使ってさまざまなコマンドを実行する「コネクテッドサービス」のようなものや人が車を運転することを前提として、事故などの危険を察知して抑止してくれる「ADAS(先進運転システム)」などを搭載するなど、車という既存の「ハード」があった上で、その上にデジタルという「ソフト」をどう載せていくかという話ですね。

自動運転のシステムがさらに発展したらどうなるかという議論をする際に挙がるのは、自動運転を実行した上で、そこにサービスを加えて、新たなビジネスモデルが展開できるかという課題です。Uberのようなライドシェアビジネスや、米小売大手のWalmartが実証実験を開始している無人トラックでの商品配送などのような小売業の支援ビジネスなどがわかりやすい例でしょう。現在、米国の自動車メーカーのGMやフォードは、自動運転車を製造して終わりではなく、さらにそこにどんなサービスモデルを設計するかというところまでをビジネスとしてとらえており、それが日本の自動車メーカーが目指すべきゴールかなという気がします。

一方で日本の自動車産業は、業法などによる規制によって既存の業界が守られており、DXをそもそも起こしにくいというのが現状です。例えば、自動車産業のDXの代表例ともいえるライドシェアですが、日本では新規参入によるライドシェアサービスの全国的な普及が未だに見受けられません。一方で、先に述べた自動運転とライドシェアは、切り離しては考えられない世界なのであることもまた事実です。例えば自動運転を実現することの大きなインセンティブは、ライドシェアビジネスを効率化すること。一概にそれだけとは言えませんが、特に米国ではそのような側面が存在します。結論として、グローバルな自動車産業のDXと比較すると、個々の技術開発はともかく、新しいビジネスモデルの開発に中々手を付けられないという意味で、日本は進化が止まってしまっているように見えます。また、どうしても日本は、コネクテッドはコネクテッド、自動運転は自動運転、シェアリングはシェアリングというように、ぶつ切りに考えてしまいがちなところがあるのが課題です。個々の技術の発展のロードマップだけで考えてしまいがちなのですが、トータルでシステムが発展していく話なので、そこを切り離して考えるのは、あまり効率的ではありません。

ライドシェアサービスを、実証実験の場にして製造に活かす

決して、欧米が特別うまくいっているとは思いません。MaaS、MaaS2.0などのように、自動車などの移動手段を必要なときだけ料金を払って利用するサービスが、コロナ禍もあり苦戦しているのもまた事実です。またコロナ禍になる前からも、欧米では4-5年のトライアルアンドエラーを経て、MaaS単体での収益化は厳しいという認識が出始めていました。でも、日本国内でMaaSの議論が盛り上がる中で、そのような事実を、日本の業界がちゃんと捕捉できているかは正直疑問に思っています。交通インフラである以上、地方と都市部でもミクロなレベルで交通インフラに対するニーズが異なりますし、MaaS自体が収益化を前提とする性質のものではないかもしれません。そのような海外での経験・議論を踏まえたうえで、日本の自動車産業としてライドシェアやMaaSを含む様々なDXの議論にどうかかわっていくのか、慎重に議論を行う必要があるでしょう。

例えば、自動車部品メーカーであれば、自動運転システムの開発にあたって必要なセンサーや、ライダー、カメラなどの部品のユースケースとそこから生まれるデータが欲しいですよね。そういう意味で、必ずしも自らライドシェア事業を展開しなくとも、ライドシェアを展開する企業に対して、「車両を提供するのでデータを全部いただけませんか」というアプローチをすることもできます。例えばドイツの自動車部品の開発・製造・販売会社のコンチネンタルやZFなどは、ライドシェアサービス用の車両をスタートアップ企業に提供することで、ユースケースづくりと実証実験という場の一つとして捉えて、そのフィードバックを製品開発に生かしています。直接的にマネタイズするというよりは、あくまでも自社の製品開発のプロセスの一部として加えるという考え方ですね。

アメリカ人が欲しいと思う車の価値変化

tesla model x electric car©Aleksei Potov/123RF.COM

今、筆者が住むカリフォルニア州では、Teslaが圧倒的な人気を誇っており、販売台数がトヨタのカムリとさほど変わらないレベルにまで来ています。米国内はもちろん、中国でも欧州でもそうで、すでにTeslaはドイツや中国などに工場を建てて始めています。80年代のアメリカでは、アメリカ人の欲しい車は安くて燃費の良い小型車であり、壊れないカローラでした。でも2021年の今は、アメリカ人が欲しい車はTesla。もっと身近なもので例えると、iPhoneみたいなものでしょうか。iPhoneって、別に壊れないから買うわけではないですよね(画面も割れやすい)。iTunesがあり、さまざまなアプリがあり、App Storeがありという、トータルの価値の中でiPhoneを買う。Teslaは車なのですが、車として評価されてません。車両から生まれるサービスやソフトウェアの価値も含めた、従来のハードとしての車にとどまらないポテンシャル全体として、評価されているんです。

では、そこに日本の自動車産業が向かっているのかと考えると、あえて、危機感を込めて言うと、かなり手遅れな気がしています。ドイツではもうすでに、自動車メーカーは「ものづくり」からの「デジタル」を活用したサービスの方に軸足を置いています。米国でも過去20年間、特にシリコンバレーにおいて、デジタルでどう稼ぐかということに注力して自動車産業を発展させてきました。そのような世界とのギャップが埋まらない限り、日本におけるモビリティの未来は明るいとは言えないと感じています。

Appleだって、iMacが出てくる前は倒産寸前の会社でしたよね。そんななかで、社会の流れを上手に汲んで、ハードウェアの販売とプラットフォームビジネスにビジネスモデルを変え、更にインターネットとつなげることで既成製品から生まれる価値を変えて、今の成功につながった。既存の商品、既存のサービスに固執するのではなく、世界の業界の動きや、社会のデジタル化の動きに目を向けて、商品やビジネスモデルを変革させていかないことには、世界との差は大きくなるばかりではないでしょうか。

(取材日:2020.7)

(▼後編に続く)

※本インタビューはオンラインにて実施しました。


お話:桑島浩彰 氏

東京⼤学経済学部卒、ハーバード大学経営大学院およびケネディ行政大学院共同学位プログラム修了(MBA/MPA)。三菱商事株式会社、株式会社ドリームインキュベータ、ベンチャー経営2社を経て現在カリフォルニア⼤学バークレー校日本研究所客員研究員 兼 同校ハース経営大学院エグゼクティブフェロー。2014年アイゼンハワーフェロー日本代表。